■ 私の住み替え遍歴
住み替えのたびに新しい住まいはどうあったらいいのか、将来的には自分の理想的な家を建てたいとずっと模索してきました。私の場合、賃貸ですら物件選びにあれこれ迷うのに、持ち家となると大金を投じるためか慎重になりすぎてみたり......欠陥住宅をつかまされやしないかと心配してみたり......しませんか? 私は心配性なのか、用心深いのか、モノ選びはやたら慎重になる傾向があります。
家なんてのは作る職人にまかせておけばいいのです.... でも、残念ながらそうもいかないのが現実です。過去にマズイ家を身近でたくさん見てきました。困った住まいにも住みました。私の身近な先輩たちはみんな口を揃えて言います、
「家なんて全部欠陥を持ってるんだ」
「100%満足の家なんてまず無い」
「営業が施工するんじゃないんだぞ!」
「5年も経てば必ず不具合が出る」
「注文住宅は必ず欠陥持ち」
......... その他、私の周囲や私自身の数々のツブヤキも随時紹介していこうと思っています。
住まいは土地(地域の環境)と建物の品質で評価されることが一般的なわけですが、環境については個人的な主観で選べばよいのだと思います。対して建物の品質は近年の欠陥住宅や耐震強度偽装などの問題もあって手放しで安心して買えるものはありません。実際、いろんな建築現場を見ているとヒドイことを平気でやってます、そこには有名なハウスメーカーの看板... 。ここにきて私が考えるのはマンションや一戸建てに限らず全ての物件は、
「何を選んでも、どんな対策をしても、最後は施工現場次第」
という個人的結論です。現場の職人次第ですよ。ハウスメーカーで比較するのは本質をとらえていません、施工する職人個人が問題なのです。営業も現場監督もそうですが個人的な問題なのです。モラルですね。私は建築や土木の専門家ではありません、いわゆるシロウトです。フツ〜のヒトです。一般人代表みたいなものです。しかし、シロウトが見てもおかしな住まいというのは専門家が見ると「とんでもない住まい」なのだと思います.....。
賃貸住宅選びは気に入らなければ他を探せば良く、引っ越せばいいのですから比較的気軽です。しかし、これから持ち家を目指している方々は将来に備えて今から文献をいくつか買って読んでおいても損ではないでしょう。私の反省としては賃貸住宅で過ごした時代にもっと家づくりやローンの仕組みについて勉強しておくべきだったということです。持ち家になってからはいくつかの文献やサイトや周囲の人々、自分の経験などから多少なりとも住まいについて学びましたが、それでも建築や不動産の業界は変化し続けています。とくにこれから家を買う方や家を建てる方にはぜひとも予習されることをオススメします。その場合、1冊ではなくできれば何冊も読むのがいいでしょう。様々なホームページや掲示版や文献のなかには誇張したものや偏ったもの、あるいは記された内容が古くなってしまったものがあるからです。私も他人事ではありません。維持費や将来のメンテナンスは? 資産的価値はどう変わる? などなど、いまでも疑問や不安はあります。
このページでは私が過去に暮らした住まいのいくつかについて紹介しています。まずは以下のおおざっぱに私の住み替え遍歴を御覧ください....。最新の家情報に重点を置いていちばん上に最新の住まい、という順序で書いておきましたが、このページのいちばん下から上に読んだほうが時系列的にはわかりやすいかもしれません。
2006年1月1日記事、2008年6月更新、2016年9月部分更新
● 建築・居住中の家:Palcon
居住期間:平成18年(2006年)5月〜
ハウスメーカー:大成建設ハウジング
モデル:パルコン(Palcon)「ジェニック」、プレキャスト鉄筋コンクリート
建築場所:東京の郊外
土地面積:およそ130平米
建物の面積:およそ100平米(約30坪) 4LDK+2S
環 境:静かな住宅街。最寄り駅までは徒歩5分。買物便利。大きな買い物は1駅移動。
費 用:35年大ローン
これは現在進行形。おそらく私のリハウス歴の最後になるかもしれません(だといいな)。いわゆる終の棲家? 今まで買って住んでいた建売の一戸建てを7年で売却して今度は注文住宅です。しかもプレキャスト・パネル式の鉄筋コンクリート。薄給で大ローンというのはあいかわらず。無理してでもRC住宅。なぜなら今回のコンセプトは「防音」、「防災」、「防犯」の3つを掲げているからです。あれこれ検討した結果です。建築の過程を当ホームページの「Palcon 建築記録」に掲載してありますので御覧ください。
維持管理や掃除がたいへんなので、私はとくに大きな家は欲しくないのですが上記の3つのコンセプトは貫きたいと思います。やるなら徹底的にやります。今回の家は駅も近くて買物も便利です。都心部へのアクセスも悪くありません。一般的に東京に住んで便利な立地となるとたいていは周囲が騒々しいものですが、今回は条件をいくつか譲歩して区内ではなく郊外を選び、いわゆる閑静な住宅地です。加えて複層ガラスサッシ採用の鉄筋コンクリートの防音性能に期待しています。鉄筋コンクリート住宅は亀裂やメンテナンスや断熱について様々な議論が多くのサイトでなされていますが、読むほどに迷いが出たりするものです。過去の経験を今回の住まいに反映すべく今日に至っており、今回のパルコンにはちょっと期待しているのです(結果的に予想以上に満足しています)。今回の住まいは毎日のように建築現場に通い詰めて、監理や監督や現場の職人さん達と密に連携して建てました。苦労の甲斐あってか不具合も皆無です。結露、亀裂、遮音、耐候性、問題ありません。要らないと思っていた「陽当たり」もけっこう良いのです。
大原則として私は家自体は有事の際はすぐに売却するつもりでいます。シゴトの都合でローンが払えなくなったり、家族や親族に変化が起こったり....
人生には予測不可能なこともあります。一生に一度の買い物とは思っていません。いつでもまた家など建てればいいのです。
【2007年4月更新】住み始めて約1年が過ぎました。住み心地やメンテナンスや点検などの掲載をはじめました。
【2010年6月更新】住み始めて約4年が過ぎました。とくに問題無く快適に過ごしています。今になって思えば、建築時点の苦労は散々なものがありました。しかし、今に至って快適な日々があるのはその苦難の報酬といえるでしょう。良い住まいを得たいのであれば、やはり努力は必要です。
【2016年9月更新】10年が過ぎました。不思議なほどトラブルも発生せず満足でした。ただ、この快適を続けるために、10年目で外壁塗装・防水・シール・基礎保護のメンテナンス工事をやることにしました。詳しくはトップページを御覧ください。
● 移転のための仮住まい:賃貸マンション
居住期間:平成18年(2006年)1月〜平成18年(2006年)4月
建 物:鉄筋コンクリート(RC)4階建ての2階部分
工 法:現場打ち鉄筋コンクリート 築10年
場 所:東京都内の多摩地区でバス便利用
占有面積:およそ50平米 3DK(駐車場は近所)
環 境:最寄り駅までは徒歩15分。バス停までは徒歩1分。買物便利。
賃 料:月額約10万円(家賃86000+駐車場8000+管理費等)
上記の一戸建てを買い換えるための仮住まいです。久しぶりの賃貸。一度持ち家に住むと賃貸の物件探しは手こずります。仮住まいだから何でもいいや..... と思ったらオオマチガイ。もう一人の自分が口出しするのです「いくら仮住まいでもコレはないだろう!?」.....結局10数件の賃貸物件を内見してもなかなか決まらず....。一度は決まったのに大家が手のひらを返したように「短期貸しはやっぱりダメ」なんて言い出して契約に至らなかったり.....。
しかし「物件は足で探す」という持論(鉄則)
を貫いた結果、結局は満足のいく物件を借りることができました。不動産屋は同じ地域にたくさんあるのが一般的ですが、それぞれが独自に抱えている物件があるので手間を惜しまずたくさんまわって探すことが重要です。雑誌やインターネットもいいのですが足を忘れてはいけません。この賃貸物件は私の賃貸史上もっとも快適かもしれません。ただ、住み続けるうちに問題点というのは浮上してくるものなのですが.....。
そういえば私の兄の家族は都内(多摩地区)の公営マンションに住んでいます。訪ねて思ったことは非常に高気密! 帰り際に玄関の扉が.......開かない! 兄嫁いわく、
「いま台所で換気扇回してるから開けにくいんですよ。」
う〜〜ん、しきりに感心する私。そういえばどの部屋も快適。近年の住宅はマンションも戸建ても高気密・高断熱化がひとつのステイタスになりつつありますね。24時間換気の義務化や有害建材への対処によって、近年の住まいは戸建てもマンションも格段に快適になっているようです。耐震基準は1981年(昭和56年)6月1日に改正されたので、もし自分がアパートやマンションに借りて住むならそれ以降に建てられた物件です。この仮住まいも築10年。買うならば建築主の瑕疵担保責任が適用される2001年以降の物件を選ぶでしょう。
ともあれこの賃貸マンションは仮住まいといいながらも気に入っています。音の問題などありますが、陽当たりは良いので冬は助かります(夏は暑そうですが.....)。所有権のマンションでは共同利用できる施設や庭など、あるいは凝った外構にも魅力的なものが増えています。しかし基本的にマンションは何をするにも話し合いが必要。知り合いがマンションでインターネットを引くのに大騒動になった例も知っています。私の理念として「何事も自己完結」というのがあります。私、家右衛門の場合はコトを起こすにも収めるにも独りで判断・実行するというのが個人的信念なのです。マンションの管理組合などの「話し合い」は私には向いていないのです。イザとなったら自分の家はすぐに売却して他に家を買う、あるいは補修や賃貸に出すというようにその時世や環境をみて即座に判断したいと考えています。大先輩のO氏の影響もあってか、たぶん私の生涯でマンションを買うことはないでしょう。
● 過去の住まい:3階建 車庫付狭小住宅
居住期間:平成10年(1998年)〜平成17年(2005年)12月まで
建 物:地主が建てた「建て売り一戸建て」
工 法:木造の在来工法(木造軸組工法)。
場 所:東京都内の多摩地区で23区に近いがバス便利用
土地面積:およそ50平米
建物面積:およそ85平米(車庫含む)
環 境:交通はやたら便利。新宿や渋谷へのアクセスも楽々
ローン(月額):約10万円
それまで賃貸住宅を転々としてきましたが、いいかげんにうんざりして新築一戸建てを購入。昼も夜もがんばって働いてなんとか住宅ローンの頭金を調達した結果です。著書の印税もきっかけになりました。地価が下がった時期でタイミングも良かったのです。ただ、希望の条件の家は当時の私の予算では遠く、やむおえず条件をいくつか譲歩しました。駅から少し離れており庭も無く広いリビングも無い。但し自分の書斎と作業部屋及び車庫と都心へのアクセス(利便性)は確保。深夜バスも1時頃まであります。タクシーも豊富。私は陽当たりはさほど重視しませんが窓も多く明るい家です。普通のサラリーマンで安月給な私がどうして無理をしてわざわざ小さな家を買ったのか? じつはこの家は5年〜10年ほど住んだら買い換えることを前提で買ったのです。もともと物件の少ない地域に加えて利便性は高く(バス便利用)、住みながら次の家の計画を進めるわけです。段階的に資金を蓄積しないと私にはいきなり条件の良い家は買えないからです。買い換えの優位性(ローンの利点各種)を考えてのことです。結局この家は購入から7年住んだのち売却しました。
よく一戸建ては庭や外壁などのメンテナンスがたいへんと言われますが、敷地や建物が小さかったせいか私はこの家に住んでいるあいだ一度もそう感じたことはありませんでした。もっとも外壁の塗り替えやシロアリ対策は予定よりも早めに対処しましたが快適な住まいのためには当然のことと思っていました。過去に田舎の父の家がシロアリで無惨な姿になった記憶が根強く残っていたのも事実です。また売却することを考えて、できるだけ日頃から綺麗に家を使っていました。
この家はそれまで経験した住まいのなかではいちばん利便性の高い環境にありました。便利がゆえの弊害もあるのですが..... 道路が近くて人通りも結構ありますから多少は騒々しい雰囲気も。幹線道路を往来する車の音にも困ることはありましたが夜は静かで大きな問題ではありませんでした(買い換えるときの課題になった)。敷地面積が50平米だと固定資産税が安いです。3階建てのため建物は約85平米ですから容積としては充分。むしろ使わない部屋もあって持て余すほどでした。地主が建てた建売住宅でしたが不思議なほどトラブルも無くおおむね快適に住むことができました。空調や換気、部屋の使い方などこの家にはたくさん学びました。住まうということを最も深く考えさせられた家です。売却するのが惜しいぐらいの家でしたが、仕事の都合など、より理想の住まいを求めて売却を決意。
● 過去の住まい:鉄骨2階建てアパート
居住期間:平成6年(1994年)〜平成10年(1998年)
建 物:2階建てアパートの2階
工 法:軽量鉄骨2階建て
場 所:東京都内の多摩地区で23区に近い。駅徒歩8分。
占有面積:2DK およそ37平米
環 境:やたら便利。新宿や渋谷へのアクセスも楽々
家 賃(月額):8万円 + 駐車場2万円
とにかく結婚したばかりの私には家を買うような頭金など無い時代の住まいでした。ワカイ頃はみんなアパートに暮らす.... 仕事や趣味などが本格化してくると家の中に置くモノも増えてきます。しばらく住むとすぐに狭く感じるようになりました。37平米の2DKで駐車場込みで10万円。築20年以上でしたが当時はこれでもその地域では安かったのです(結婚してその部屋に決めるまで64件の物件を見た)。多摩地区といっても都心寄りのかなり便利の良いところ。最寄り駅まで徒歩8分(実際には10分ぐらい)。
でも壁は決して厚くなくてプライバシーも何もあったもんじゃない..... 隣の住人の話し声や水道の蛇口を閉める「キュッ」という音がよく聞こえました。私の友人にもアパート住まいがたくさんいましたが隣人だけでなく足音や子供の騒動、ホタル族(ベランダ等の屋外の喫煙)問題などマンションやアパートの上下階でのトラブルも頻繁に耳にしました。集合住宅に住んで思い知らされたことは「隣の家は隣の部屋」であるということです。しかも賃貸はこの先死ぬまで毎月10万円づつ払っても最後は何も残らない、.........それが次に家を買う発端でした。歳をとってからの賃貸はつらそうだし、死ぬときに手元に土地なり建物なりの財産が少しでも残っているのと全然残っていないのとでは雲泥の差。
じつは丁度その頃、仕事で恩師のO氏と出会いました(船舶用大型ディーゼルエンジンの歴史的な設計などで活躍した前歴を持つおじいちゃん)。公私ともにたいへんお世話になったのです。モノや生き方について多くを学びました。そのO氏いわく、
「家右衛門君! たとえどんなにちっちゃい家でも必ず一戸建てを買いなさい。絶対にマンションはダメ!」
O氏はとても合理的な考え方をする人でした。彼が言うには大きな買い物をしてもその管理や処分にいちいち他人と話し合っているようでは機敏に動けないというのです。つまりマンションは管理組合で協議せねばならないが戸建ては即座に改修や売却ができる.... 困ったらいつでも売ればいい。当時若かった私は自分の家などずっと未来のことのように思っていたのですが、それ以来家を買うなら一戸建てという考え方が根付いていきました。たしかにそれまで住んだ賃貸住宅は私に言わせれば不動産屋にへつらい、大家に貢いで住まわせてもらっている感覚でした。いくつかの賃貸住宅に住みながら仲介業者や大家から何度も屈辱的な扱いを受けた経験がありました。隣人とのトラブルもいくつか経験しました。O氏の言葉には共感するものが大きく、私のなかではO氏との付き合いのなかで一戸建ての利点を優先するようになっていったのです...。
追記:2006年7月 そのO大先輩が亡くなりました。享年80歳。家右衛門、人目をはばからず号泣。
● 過去の住まい:木造2階建て賃貸アパート
居住期間:昭和60年(1985年)頃〜平成6年(1994年)
建 物:アパートの2階の角部屋
工 法:木造2階建て、新築で入居
場 所:東京都内の多摩地区
占有面積:1K およそ23平米
家 賃(月額):約5万円
学生寮とオサラバしていよいよ単独賃貸アパートへ。就職にあたって新築の賃貸アパートを見つけました。一人暮らしなので23平米でも広さは充分。しかも新築でとっても綺麗! 東京の西側。周りの人は「そんなところに住んで不便じゃないの?」と言う人もいましたが実家の田舎暮らしに比べれば私にとっては「どこでもすっごく便利」に思えたのです。 でも若さゆえか、安月給のうえに家賃と食費と光熱費などですぐに生活は貧窮。本職以外に内緒でアルバイトをしないと食べていけない有様でした。しかし、その当時いろんなバイトをしたおかげで様々なスキルを得たのも事実です。
当時の職場の同僚の多くは地元の実家から通勤していて、毎月10万円ぐらいづつ貯金していたのがうらやましかったものです。私のような田舎から東京へ出てきた者にとっては家賃や食費に翻弄されるのはやむおえないことでした。「東京に居る」ただそれだけでお金がかかり生活苦です。入居したときは家賃は38000円でした。最初はエアコンなど付いておらず入居3年目ぐらいに大家がエアコンを設置しましたが同時に家賃も4.5万円に上がりました。2年ごとに更新していくうちに6万円に迫る勢い..... やがて駐車場込みで7万円ぐらいに。このアパートを出るときは敷金2ヶ月のほかリフォーム代が足りないということで追加で16万円請求されました。とんでもなくケチな大家でした。消費者相談センターにかけあっても無駄で、補修に必要な費用とされました。新築や綺麗にリフォームされた賃貸物件は入るときは気持ち良いのですが、出るときのことも考えておかねばなりません。予想以上に請求される場合もあるのです。とにかく賃貸物件というのは大家の言いなりに近い境遇と感じたものです。賃貸は人から生活基盤を借りて生活が成り立っています。そこに服従感を感じるのは私だけでしょうか? この大家のおかげで、将来は賃貸暮らしだけはやめようと決心したものです。
● 過去の住まい:鉄筋コンクリートの学生寮
居住期間:昭和50年代(1975年代)後期〜昭和60年(1985年)頃
建 物:鉄筋コンクリート(RC)4階建ての2階部分
工 法:現場打ち鉄筋コンクリート、築20年程度
場 所:東京23区内 南東部
占有面積:およそ6畳(但し2人部屋)
環 境:最寄り駅までは徒歩13分。
賃 料:当時約4.5万円(家賃+朝昼食+管理費等)
田舎を離れて東京へ。恐るべき学生寮も経験しました。とにかく狭い! しかも男2人が1部屋に住むのです。ギャ〜〜〜! しかもこの6畳に以前は4人住んでいたというのです。エアコンも無ければ風呂もトイレも共同、堪え忍ぶのが美徳とされた時代には重宝されたかもしれませんが、いまどき二人部屋の寮なんてあるのかな? 現代の学生は寮といっても個室でしょうね。エアコンやインターネットもあたりまえでしょう、そりゃ〜シアワセです。
とにかく私の住んだ寮はプライベートなんぞあったもんじゃない。しかも寮のすぐ目の前を6車線ぐらいの線路があって轟音をたてながら頻繁に通過、電車が来ると部屋での会話は一時停止状態。ところが住みはじめてしばらくすると昼間の騒音の中でも熟睡できるようになるから不思議です(笑)。共同トイレ、共同風呂、共同洗濯機、共同の食堂では古米の食事、オマケに門限も付いているというすさまじい環境。私の過去の住まい遍歴でも唯一の汚点でしょう。あえて利点を挙げるならば気の合う仲間がいればいろんな意味で楽しめる住まいです。ある意味で東京という都会を満喫しました。
古いとはいえ鉄筋コンクリートなので、たびたびの地震でも学生諸君は平然としていました。とある学生が言うには「オラの村では役場は鉄筋コンクリートずら。村の百姓の家が壊れても役場は残るだに。」
どうやら行政にかかわる建造物は壊れては困るので丈夫に作ってあるとか....。だったら橋梁のように鉄骨はどうよ? でも鉄は錆びるんですね、これが。鉄骨というのは年月と共にフツ〜に錆びてフツ〜に強度を失うようです。
ともあれ、この寮生活で悟ったことは「相部屋の寮は人間の住むところではない」ということです。このページを読んでハッとしたアナタ! 今すぐ寮を出ましょう。今ならまだ人間に戻れます。
● 過去の住まい2:木造平屋一戸建て
居住期間:昭和43年(1968年)頃〜昭和50年代(1975年代)
建 物:木造平屋建て
工 法:在来工法
場 所:とにかくすっごい田舎
占有面積:およそ50平米
述床面積:およそ80平米
環 境:最寄り駅までは徒歩5分。汽車(電車ではない)は一日に数本。
賃 料:父の持ち家で25年ローン。
父が地元の大工さんに注文して作ってもらった、いわば地元型の注文住宅です。私は幼稚園〜高校生までこの家に住みました。木造平屋建てで近くには海も川も山もありました。必要以上に自然がいっぱい。とにかく自然がいっぱい。「もう自然は充分です、オナカいっぱいです」。すごい田舎で文化的なものはほとんど有りません。国道沿いで車がウルサイのですが夜間でも長距離トラックが通るので一日中クルマの音がありました。海が近かったせいか父のクルマはすぐにサビました。父が車を買い換えるたびにメーカーによって塗装の耐久度のテストをやっているようでした。トヨタがいちばん塗装の持ちが良かったことを覚えています(カローラを数台乗り継いだ)。マツダが最も短命で、みるまにサビが出ました。父にとっては大借金のアコガレのマイホームでしたが、セメント瓦の傷みや木造の壁や柱のシロアリ被害でメンテナンスにかなり費用がかかったようです。外壁も10年ぐらいで剥がれてきました。基本的に採光重視で1間の高さの引き違い窓(掃き出し窓)が南に面して大きくとられていました。このせいで夏は暑く冬は寒い.....。それでも私たち家族はおおいに気に入って住んでいました。そうなんです、住んでる当事者が満足すれば家なんて何だっていいんです。
じつは下記の旧家のあった場所に建て替えたので短期間は隣町の「平屋の団地」にも住んでいました。いずれまた機会をみて紹介します。
● 過去の住まい1:木造平屋一戸建て
居住期間:昭和40年(1965年)頃〜昭和43年(1978年)頃
建 物:木造平屋建て
工 法:在来工法
場 所:ものすごい田舎
占有面積:およそ50平米
環 境:最寄り駅までは徒歩5分。汽車(電車ではない)は一日に数本。
賃 料:無料 祖父の持ち家
私が生まれた家。幼少期を過ごした頃で記憶があいまいです。祖父が地元の大工さんに注文して作ってもらったらしいのですが詳細は不明。藁葺きだったのか瓦葺きだったのかも記憶に乏しいです。ただ、広い土間と囲炉裏(いろり)があったことや、大きな柱や梁(はり)がいくつもあったことを覚えています。ニワトリや猫を飼っていた記憶もあります...。猫は三毛猫で人間にへつらわず毅然とした態度でした。なぜか私はその猫のことをとてもよく覚えていて、食事は常に猫マンマ(残飯の魚の骨をバリバリ喰ってた)。人間とはさほど密接に付き合わず自由に過ごしていました。でも、死に際には一目を避けていつのまにか家からいなくなり、気が付けば猫のいない生活になっていたのです。その後、その三毛猫がいなくなったあとは父の趣味で狩猟犬などを飼ったこともありましたが、交通事故で亡くなったり...
。今思えば当時の三毛猫ほど潔いヤツはいなかったと思います。なぜか私にはその猫のことがいまだに忘れられずにいます。
※ 2006年1月1日記事、2008年6月更新、2016年9月部分更新
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